ダンナの悩み
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メイの誕生を期に、
郵便局(現:かんぽ生命)の学資保険を始めた。
当時、いろいろな学資保険を比べたが
たしか健康で満期日を迎えると、その返戻金のパーセントが
高かったのが「かんぽ」だった(ような気がする)。
ただ病気や怪我の時、保険の利用リスクが高いのも
「かんぽ」だった(ような気がする)。
考えたあげく、健康で過ごせるよう願いを込めて
「かんぽ」の学資保険にした記憶がある。
あれから15年。
当初の目的通り、保険を使うことなく無事満期を迎えた。
そして、いざ受け取りとなった時
保険人のダンナも被保険人のメイも同席してもらわないと
手続きができないと言われ…

と、かんぽ生命の担当者さんは土曜日に我が家に来た。
さっそく説明が始まった。


次から次へと、いろんな書類が出てきて
ひとつひとつ丁寧に説明をするかんぽさん。
途中、ダンナの様子を伺っては

と、雑談を挟み込む気遣いも忘れない。
しかし、着々と手続きをすすめたいかんぽさん。


(かんぽさんの)志なかばにしてダンナがトリップ(爆)
それでも、最後まで仕事を続けたかんぽさん。
「では、次はメイさんのいらっしゃる
火曜日に伺います。」
と、我が家を後ににたかんぽさん。
もちろん火曜日には、メイの幽体離脱も見ることができた。
それでもまだ返戻金は受け取ることができない書類の山。
つい「もういいです」と言いそうになる。
しかし言ったら負けだぞっ!
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ケンの机の上にあったこれ↓

これは先月行われた子ども会の「卒業生を送る会」で
6年生がもらった卒業記念品だ。
くどいようだが、もらったのは2月23日だ。
なぜか開封されないまま、いつまでも机の上に置いてある。
さすがに見かねて、メイが

ど、どんだけワクワク感を
味わうつもりだっ!
実はわかっている。
はっきり言って、ケンは中味に興味がないのだ。
おそらく筆記用具だし…と。
その証拠に…

リュウも開封していない。
(謝れーーっ!子ども会の役員さんに謝れーー!)
しかし、やっぱり中味が気になるメイは…

男の美学キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!
こうして記念品は未開封のまま、今日も机の上にある。
で、今日はダンナの誕生日なんですが、昨日の夜…

!!!

ん?
サ、サプライズーーーーーーッ!!!
きやーー!「うちの3姉妹」の松本ぷりっつさんと
コラボーーー!
次女スーちゃん作の「ダメ。ゼッタイ。」掲載、快諾ーーー!
ありがとうございましたーーー!
ダ、ダンナ、いい誕生日になったな、おい(泣)
本当にありがとうございます!
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しかーーも!今日に合わせてくださったように
「かえるさんちのお姫ちゃん」のつかさママから
素敵な画像をいただきました!

ゲームに疎いので、うまく説明できませんが
有名なキャラどころらしいです。きっと子どもたちも大喜び!
ありがとうございましたーー!
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本日の記事は、昨日の続きです。

バンドのメンバーの中で、
1番才能があると思われていたヤツが
大学受験のために脱退した。
バンドは一気にしらけた。
しょせん趣味の世界。
これで食っていけるとは、誰も思っていなかった。
バンドは解散し、現実の世界に引き戻された。
そしてぼくも遅らばせながら
受験勉強を始めた。

予備校には通わず、おふくろの知人から紹介してもらった
「アニキ」に、勉強をみてもらった。
ぼくは「アニキ」を受け入れることで
長い反抗期とおふくろとの戦いを終焉した。
「アニキ」は、ぼくが大学合格するまで
ずっとサポートしてくれた。
相変わらず、たびたび起こる
おふくろとのけんかの仲裁もしてくれた(笑)
これは、本当に偶然の話だが
「アニキ」はその後、大学教授になった。
そして、そこでバニラファッジは彼の教え子となり
「アニキ」の講義を受けていた。
実はデキの悪い彼女も、無事卒業・就職するまで
どっぷりと世話になっていた(笑)
話を戻して…
そしてその後、ぼくも無事大学を卒業し
いち社会人として忙しい毎日を送っていた。
そんなある日…
何も迷いはなかった。
父親は、その後再婚(3回目!)していたため
おふくろが参列しないことはわかっていた。
本当に、そっと行ってそっと帰ってくるつもりだったが
実際にはそうはいかなかった。
向こうの親族が次から次へとあいさつに来た。
中には「君がクリームくんか!」と、泣き出す人もいた。
誰が誰だか全然わからなかったが
唯一、ひと目でわかった人たちがいた。
ぼくの2人の姉だ。
非常に不謹慎な話だが
2人とも、とてもきれいな女性だった。
凛として棺に付き添っていた姿が、とても印象的だった。
ぼくは、おじぎをして前を通過しただけだった。
姉たちは姉たちで、複雑な人生を歩んできたのだろう。
何も会話はなかったが、とても濃密な時間が流れた。
さて、その後ぼくとファッジは縁あって出会い

もちろん、それを1番驚いたのは「アニキ」だった。
ダンナの話は、これで終わります。
3人の子の父となったダンナは
今日もオレ流の子育てをがんばってます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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この時代 ならではのムーブメントに
ぼくも染まっていった。

中学時代からの親友に
箱根アフロディーテに誘われた。
この頃のぼくは、ラジオの周波数を一生懸命合わせながら
ザ・フーやドアーズ、バニラファッジやクリームを聴くのが
唯一の楽しみだった。
…と言うより、それが全てだった。
箱根アフロディーテへは、ヒッチハイクで行った。
霧の中で聴いたピンクフロイドに
心のそこから感動した。

その後は、どんどん音楽にのめり込んでいき
バンドも結成した。
地元で有名ミュージシャンがコンサートをすると
その前座をつとめるようになった。
母親は何度も学校から呼び出しをくらっていた。
なんとか高校は卒業したものの
もう2人がまともに会話をすることもなくなっていった。
しかし何かの本を探していた時、
洋裁の本や公務員読本に混じって母親の本棚から

がでてきた。しかし…

これが勝手にした唯一の母親との会話だった。
さてその頃、ある田舎の片隅で

と、くったくない小学4年生の女の子がいた。
後にこの少女が、クリーム少年と結婚することになろうとは
ゆめゆめ思いもしない。
(もう少し、つづく)
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本日のお話は昨日の続きです。

おふくろは、市役所に勤めていた。
毎朝ぼくを見送ってくれるのは、おばあちゃんだった。
帰ってくると、家はいつも留守だった。
どうしても寂しい時は、畑にいるおばあちゃんの所まで行った。
子どものために有給休暇を取りにくい時代だったので
参観日も運動会も学芸会も
来てくれるのは、いつもおばあちゃんだった。
それでも、おふくろの言いつけを守り
学校での成績はよかった。
6年生では生徒会長もつとめた。

ほしいおもちゃ(めんこなど)やお菓子は
いつもおばさんが買ってくれた。
父親がいない不憫さは、やはり何も感じていなかった。
ただ、おふくろと自分の名字が違うのは面倒くさかった。
おふくろは離婚後、旧姓の「抹茶」に戻したが
ぼくの名字は父親の「バニラ」の姓のままだった。
母方と一緒に住んでいたが、戸籍は父方だった。
おそらくおふくろは、幼児期を過ぎたら
ぼくを父に返すつもりだったかもしれない。
父方は、地元ではそこそこの資産家でぼくはそこの長男になる。
幼いうちでは、どちらにつきたいか判断できないだろうと
成長を待って決めさせるつもりでいたらしい。
しかし、ここがまた複雑なことに
ぼくの父親は、おふくろと再婚だった。
実はぼくには腹違いの3人の姉がいるらしい。
前妻はその3姉妹の末っ子だけをつれた離婚したらしく
おふくろは、結婚と同時に2児の母親になっていた。
結局、その結婚生活も破綻し父親の元には前妻の2人の娘だけが残った。

その後、ぼくは父親のいるいないに関わらず
思春期を迎え、反抗期に入った。
小学校まで優秀だった成績もどんどん落ちていった。
何度も言うが、ぼくは父親を必要とはしなかった。
しかし、おふくろは必要と感じたのだろう。

父親は、となりの市で高校の英語の教師をしていた。
公立の進学校だった。
いけない高校でもなかった。
でも、そんなの関係ねぇ!だった。
結局、ぼくは地元の高校にすすみ
母親とはどんどんすれ違って行った。
相変わらず母親は不在で
おばあちゃんの作ったご飯を食べて
おばさんからおこづかいをもらって過ごしていた。
厳しい母親には、反感を持っていたが
おばあちゃんやおばさんとはうまくやっていた(…と、思う。)
そんなある日、部活の地区大会の試合会場で
去年の担任に会った。

その時の自分の心理状態は、はっきり覚えていないが
おそらく高木先生を驚かせるぐらいの
軽い気持ちで言ったと思う。
「K高校で英語を教えているバニラ先生は
ぼくの父親なんですよ。」
後にも先にも、父親の存在を認めたのは
この時が初めてだったと思う。
口にした後、急激に汗がでた。
しかし、高木先生の反応は自分のイメージと違っていた。
「あれ?バニラ先生には
2人の娘さんがいるだけと
聞いていたけど…」

はずかしいやら、情けないやら、みっともないやらで
その後のことは、あまり覚えていない。
やはり、自分には父親はいなかった。
そう確認しただけだった。
涙なんかでなかった。
自分が父親に1番近づいて1番遠ざかった瞬間だった。
(つづく)
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今日のお話は昨日の続きです。

なんと自ら、己の存在を否定!
この発言からもわかるように
お義母さんの子育ては成功した(?)といえる。
とにかく厳しかったそうだ。

身の回りのことから箸の上げ下げまで、
とにかく、こと細かくしつけられた。

今でこそカラーランドセルも当たり前だが
当時、茶色のランドセルは奇異だった。
高級皮革の特注ランドセルは
みんなのようなツヤもなくペチャンコだった。

特に勉強は厳しかった。
どんなにがんばっても、ほめられた記憶がない。

叱られる時のセリフはきまって、これだった。
「父親がいなくて、あんたは幸せだ。」と
言われているようで、幼いながらに
「なんか違う」と思っていた。

本当に言われた意味がわからなくて、おふくろに聞いた。
おふくろは血相を変えて
ぼくの手を引いて友だちの家にどなりこんだ。
そのおふくろの剣幕で、事の重大さを知った。
自分の境遇は相当ほかとは違うらしい。
(つづく)
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先々週、ケンとリュウが歯科定期検診を受けた。
ケンに虫歯が見つかって、土曜日が治療日になった。
休日ということもあり、さっそくダンナに付き添いを頼んだ。



ダンナが「大丈夫だ 。」と言えば言うほど
不安になるケン。
仕方なく私が付き添うことになった。
そして、出発をしようとしたその時…

包丁持って、暴れている!
…な、わけないっ!(笑)
しかし、リュウにとってダンナが台所に立つのは
よほど凶暴に見えたようだ。

結局、すべてのものから解放されて
PCを相手に早めの晩酌を一人で始めるダンナ。
この男、天然なのか策士なのか未だに不明。
さすがにお風呂は、ダンナと入るけど
私とは入らなくなりましたねぇ。
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昨日、みなさんから
「うらやましい」とまで言われた記事でしたが
少々、描き足りない部分もあったので
本日はその補足ということで…

↑この部屋をピカピカにするには
もちろん一晩では無理なわけで
でも、一晩でやったということは…
そう、酔った勢いだ。
お酒の飲めない私には
「酔った勢い」事態が理解不能だが
それは翌日の言い訳には、最適なものだ。
だからこんなことや
こんなことや

こんなことなど

の、後始末は私がすることになる。
出来上がりは↓こんな感じだったが

下がって見ると

隅に寄せられた山の中には
メイの教科書やケンの描きかけの漫画や
リュウのゲームソフトなどがある。
ま、大掃除のきっかけ作りにはいいが
今なお見つからない物がいくつかある…orz
子どもたちは私には文句言いますが
ダンナには言いません。
一応、地震かみなり火事おやじ?らしい。
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我が家のリビングダイニングの配置図。
そこそこの広さはあるが
生活の大半(寝る以外)は5人がここで過ごす。
もちろん
あのあたりがデインジャラスゾーンだ。
こたつ周りで宿題もパソコンも筋トレも
ゲームもテレビも着替えも食事もする。
もちろん、ケンカもする。物もなくなる。
常に、人がいて物があって、こんな感じ↓
(ここに子どもが加わるが画力不足のため描ききれない)

ついにダンナが、酔っぱらった勢いで立ち上がった。
そして1人で夜中にガタガタとなにか やっていた。
翌朝…

ソファセットもこたつも絨毯もなくなっていた。

しかも床がピカピカにみがいてあった…(汗)
もともと、ソファセットはくずれていて
(あのミッションは、まだ完了していなかった)
絨毯もお義母さんのお気に入りの30年モノだったが
すっかり毛ば立っていて、ほこり製造機になっていた。
その両方を粗大ゴミに出すよう
納屋にほうりこまれていた。
そしてこたつは、仏間にぽつんと置かれていた。

そうなると、リビングに残されるものは
テレビとトレーニングベンチ。
ダンナの魂胆が見えてきた。
仏間が勉強部屋になった。静かでいいかも。
そして匠は筋トレルームを視野に改造を進めた。
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日頃、デスクワークがほとんどのダンナは
夏休みの開始初日から、そのストレスを晴らすかのように
非常にアクティブに行動している。
しかも1人で…
まずは1時間ほどサイクリングに出掛け…
その運動量が物足りないと
休憩なしで

炎天下にウォーキング&ランニングに出掛ける。
さらに午後からは、ケンとリュウと私と4人で例の…

卓球を2時間やる。
体育館の予約が取れなかったり、休館の時は
自宅で筋トレが始まる。
決して楽しそうではない。
はぼ半日は非常にストイックに運動に費やしている。
まさに肉体の限界に挑戦し、自分を追い込む。
ただでさえ36度を超える真夏日が続き、
クーラーの設定温度も26度まで下げているのに
ダンナの発する汗と熱気が、クーラーの涼感をかき消す。
あーもーアンタ、暑苦しいっ!
しかし、夏休みも半分過ぎるとダンナの身体に異変が起きた。
そう、ストイックな精神力が特殊能力が引き出したようだっ!
それは…

探し物を見つける能力。
ある時は推理で、またある時は勘でテキパキ見つける。
さらに、こんな時にも…
根拠のない勘が冴え渡る!
ありがたい。
非常にありがたいのだが…

自分を過信するあまり
カーナビに逆らって、迷子になるのはやめてほしい。
それでも時々カーナビに勝つ時があり
精神世界を浄化し始めたと豪語している(←コラッ!)
今日も暑いダンナに室温が上がる反エコな我が家…
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本日のお話は昨日のサイドストーリーです。
いよいよ入院になった。
それまでメイと私は私の実家で過ごし
ダンナはマンションで一人暮らしだったが
私の入院と同時にダンナとメイは
ダンナの実家へ行くことになった。
しかし…

毎日、この状態だったそうだ。
私が無事出産を終え、退院するたった1週間の間で
ダンナは…

ちょうどその頃バブル崩壊後で、得意先が不渡りを出し
ダンナは、公私ともに精神的ダメージを受けていたようだ。
双子誕生のためにがんばったのはやはり私だけでなく
ダンナも姑シスターズもメイも、そして私の実家の家族も
とにかく本当にたくさんの人たちの協力があって
のことだったと思う。
そして、そのみんなで家族が増える喜びを
分かち合える中心に自分がいる幸せは、もう言葉にならない。
まだまだ続くよ!
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私はお酒が飲めない。
ダンナは若い頃から日本酒党で、
もっぱら家でちびちびと1人で飲んでいる。
休みの夜などは、いつもより早めに晩酌が始まる。
若い頃は、酒が強く
仲間と飲んでいても最後まで飲み続けているタイプだったが
さすがに最近は、酔うようになってきた。
そして、酔うと日本中のお父さんと同じように説教が始まる。
ホロ酔いだとダンナは教育パパになり
泥酔になると部屋を掃除するらしい。
使ったと思われる掃除機こそ出しっぱなしだったが
こたつの布団がたたんであるあたりは泣かせる。
しかも食器棚のガラスもみんなきれいに拭いてあった(笑)
本人の意思とはまったく別の力が働いたそうだ。
やはり理性を失うと…

その魂は受け継がれるのか!?
今日のお話はどうでしたか?
楽しかったよって人は忘れずに
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Web.から話題となって、ドラマ化された
「今週、妻が浮気します。」より
遥かに我が家で衝撃が走った…
「今週、ダンナが女装します。」
メイにはニット帽子を借りた手前
ダンナが女装するらしい話はしてあったが
他の家族には口止めされていた。

妻の私でさえ、その全てを明かされていないし
今後もダンナから明かされることはないらしい。
ただ、若い社員たちから事細かな企画書をプレゼンされ
「バニラさんしか適任者がいない」との熱意に負け
しぶしぶの了解らしい。
当日はダンナを含め7人の社員(みんな後輩)が休日返上で
某遊園地に集合し、ロケが敢行されたらしい。
内容は一切社外秘とされている。
ただ主演女優(ダンナ)の脇を
こんな↓やつら↓が固めたらしく
遊園地内は、あっとゆう間にパニック!?

!!( ; ロ)゚ ゚ あほか!おまいら。
私「お昼はどうしたの?もちろんロケ弁がでたの?」
ダンナ「いや、みんなが本当に一生懸命だったから
ファミレスでつい、おごっちゃったよ。」
私「……。」
まだ別の場所でロケがあるそうです ||||||_| ̄|●…|||||
見かけた方、ご一報ください。
ビデオの全貌が明らかにならなくてすみません。
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今日は足の指が骨折しているであろうケンを
病院に連れて行きます(泣)
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